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東日本大震災二日目以降の実体験と、震災を体験して困ったこと

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東日本大震災当日の様子はコチラからご覧ください。
地震に備えよう。東日本大震災を経験して

こちらに記載している時間はだいたいの目安です。
当時私はトリマーとしてトリミングサロンで働いていたので、
職場の様子も綴っています。

東日本大震災二日目 8:00 起床

朝には水が使えなくなっていました。
両親が浴槽に水を溜めていたので、トイレは使用後、
浴槽からバケツ1杯の水を汲み、トイレに勢いよく流して使いました。
職場に行く準備をし職場へ

東日本大震災二日目 10:00 職場

予約が入っていたお客様へ水が出ないためお受けできない旨の連絡を入れ、
すぐに退勤となりました。
この頃には福島第一原発の情報がテレビで流れていたので
数日間は自宅待機となりました。

東日本大震災二日目 12:00 ガソリンを求めて

ガソリンが少なくなっていたのでガソリンスタンドへ行ったのですが、
すでにどこのスタンドも大行列
いつもは出入口が何個かあるところも1か所のみだけ使えるようになっており、
右折からの進入ができないようになっているスタンドが多かったです

私は幸運なことにすぐに入れられることができたのですが、
友人は一晩中行列に並んだと言ってました

東日本大震災二日目 14:00 帰宅

帰宅後はずっとテレビを見ていました。

震災後の困ったこと

  • ガソリンを入れるのに大行列
  • 食料を買うのに大行列
    1人当たり購入数が決まっていたり、入店人数が制限されていました
  • 自動販売機は水やお茶は売り切れ
    ジュースは残っていました
  • 高速道路通行止め
  • 水道局で水をもらうのも大行列
    水を入れる容器がないと大変
    水を運ぶカート?がないと大変
    給水車がきても家の近くとは限りません

\ジャグ付きがオススメ/

\飲用と雑排水の使い分けも大事/

\あると便利なカート/

\一度にたくさん運べる/

水道、ガスが泊まっていても電気は通っていたため、
情報を得られたり夜も明かりをつけられたので、
精神的負担は随分軽減されました。

福島第一原発の危機

私が住んでいた地域は福島第一原発の30㎞圏外だったため、
避難指示はありませんでした。
ですが周りでは地震発生の翌日から自主避難をする方もいました。

我が家も両親の実家が関東、父の職場の本社も関東にあり、
避難するよう指示が出たため、
地震発生から4日後には両親の実家へ避難しました。

高速道路が通行止め

常磐道が通行止めだったのですが、地元の情報サイトを見てみると、
自己責任で無料で通行できることが記載されていました。
なぜ自己責任かというと、道路にヒビが入っていたり隆起していたためです。
自己責任で常磐道を通って関東へ行きました。

途中関東のSAのガソリンスタンドへ寄ったのですが、大行列。
1時間ほど待ちました。

車の給油口って車によって右側についていたり左側についていたりするのですが、
当時は左側が主流だったため、左側給油口の車だけ行列ができていました。
右側給油口の車は比較的すぐに給油ができているようでした。

友人が圏外でガソリンスタンドに寄ったら
福島県民お断りの張り紙があったと言ってました。

最後に

私が住んでいる地域は比較的被害が少ない地域ではありましたが、
道路のいたるところにヒビが入ったり、隆起して通行止めになっていたり、
常に余震があり船酔いしている気分になったりしました。

高速道路が通行止め且つ福島第一原発のことがあり物流は停滞
スーパーから品物はなくなり、ガソリンも購入制限がありました。

家が無事で避難所に行く必要がなくても、
いろいろなところで制限が出てきます
日ごろからの備えは大事だと痛感しました。

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